
吉田俊一さん
守口と門真の教育現場一筋の人生。
教員退職後も「国語教育」に尽力。
関西国語教育連盟の活動に奔走
先ごろ、経済協力開発機構(OECD)が、加盟国を中心とする41カ国・地域の15歳男女計約27万6000人を対象に実施した2003年国際学習到達度調査(PISA)の結果を発表した。2000年に続く2度目の調査だったが、日本は前回8位の「読解力」が加盟国平均に相当する14位に評価が急落した。この評価をどう捉えるかは判断の分かれるところだが、日本人の「活字離れ」「国語離れ」は目を覆うばかりだ。
守口市の小学校で長年教鞭を執ってきた吉田俊一さんは、関西の「国語教育連盟」の重鎮として、子ども達はもちろん、親の世代にも、日本語の持つ豊かさや、美しさを退職した後も伝え続けている。
出身は長崎県
大正12年、長崎県に5人兄弟の長男として生まれ、幼稚園に通うようになってすぐに、父の仕事の関係で、兵庫県の鳴尾に居を移した。鳴尾尋常高等小学校から、尼崎中学へ進学。そして1年生の2学期に守口市に引っ越してきた。
「一番尊敬する人物はベートーベン。子どもの頃は音楽家になりたかった」という。
その後、将来の選択肢を決める際に「医者になればどうか」という勧めがあったが、吉田さんにはためらいがあった。
「中学の時にあったカエルの解剖が苦手。庭の草むしりもできない」
この極端なほどに「殺生」を厭う性格から、進学先には、早稲田の文学部を選択することになる。
この段階で初めて「小学校の先生」という目標が自分の中で固まり始めた。
しかし、時代は戦争の暗黒の時代へ突入してゆく。吉田さんは学徒出陣を余儀なくされるが、ほどなく終戦を迎える。
終戦の翌年、昭和21年には新聞社の入社試験を受けたが失敗し、ある総合雑誌の編集部で働くようになる。ここで草野心平(1903〜1988年)や、横光利一(1898〜1947年)などの文人と知り合った。
滝井小学校(守口市)で教育者として出発
1年後に退職し、滝井小学校に着任したのを皮切りに、土居小学校、寺方小学校、錦小学校、そして橋波小学校へと異動し、常に教育の第一線に身を置いた。その後は、梶小学校と橋波小学校でそれぞれ校長を5年間勤めた後、定年退職。
そのキャリアと人柄を見込んで、大学から「ぜひ退職後はうちに」との話もあったが、吉田さんは断った。
長年、小学生の児童を対象としてきた経験から、「子どもの教育」への関心が強かったこともあるようだ。
現在は創立50周年を迎える、関西の「国語教育連盟」の使命として、あらゆる分野から、子どもの教育への提言や実践などを行っている。
地域の活動にも取り組む
その一つが、「お母さんの文芸講座」。これは既に30年も続けている活動で、子どもだけではなく、家庭で子どもを教育する立場にある親の国語教室とも言える試み。詩や和歌、俳句、川柳から童話に至るまで、しののめ会、春菜会、のぞみの会などと、名前をつけて、母親たちが思い思いに楽しんでいるのが印象的だ。この催しは、守口市の公民館などで定期的に開催している。
また、ボランティアで地域の子どもから詩を募り、子ども達の「国語力」を伸ばすことにも一役買っている。
そんな吉田さんは、現在81歳。プライベートでは酒と煙草を愛する、地域の頼もしいおじいちゃんでもある。
考えてみれば、核家族化が進み、吉田さんのような存在が少なくなってから、日本という国はおかしくなったような気がする。
80歳を過ぎてもなお現役バリバリ!!
吉田さんが日々実践している簡単なこととは!
80歳を超えても、精力的に活動を続ける吉田さんの元気の源は何だろうか?
編集部の質問にお答えいただいた。
編集部Q:吉田さんの日課を教えてください。
吉田:「私は毎朝、いろんな新聞に目を通すことにしていますが、その時、いつも次のようにしています」
編集部Q:どうしているんですか?
吉田:「まず、赤ペンを手に、
手早く全頁を読みながら、
自分が感動した箇所や語句に、「線引き・アンダーライン」をしたり、目印に「大きな丸」で囲んだりしていきます。
編集部Q:それから?
吉田:「後で、夜とかに時間を見つけては、「ハサミで切り抜いて」いきます。
編集部Q:そうすることで、どんな効果がありますか?
吉田:「感銘・感動したことを短く視写する。3回読むことになる。
そうすることで、悩みや課題、良い智恵、閃き、成長の自覚などを感じることができます。
つまり、
「新聞を三度目を通すことで、自己の悩みや課題がはっきりし、
そのことに関して、良い智恵や方法が浮かんできたり、閃いたりする。
私はそのことを書きとめた手帳を「感動一言メモ日記」と名づけていますが、
その日記を取り続けていくことで、
自己の成長を自覚・自認することができるようになるのです。
すると、人に褒められたり、認められたりする以上の
何物にも代え難い「喜び・生きがい」となっていきます。
編集部Q:どうもありがとうございました。吉田さんの元気の源がよく分かりました。